従業員の営業秘密の持出し、競業避止について労務に精通した弁護士が解説

従業員の営業秘密の持出し、競業避止について労務に精通した弁護士が解説

不正競争防止法と営業秘密

 不正競争防止法は、他人の技術開発、商品開発等の成果を冒用する行為等を「不正競争」として禁止しています。具体的には、ブランド表示の盗用、形態 模倣等とともに、営業秘密の不正取得・使用・開示行為等を差止め等の対象としており、不法行為法の特則として位置づけられます。ここでは、「営業秘密」について解説します。

 不正競争防止法第2条第6項は「営業秘密」を規定しており、従業員の在職時・退職後を問わず、従業員が社内から持ち出した情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する場合には、その持ち出し行為自体や漏洩、使用等の行為が同法上の不正競争行為(2条4号~10号)や営業秘密侵奪罪(同法第21条等)となる可能性があります。この場合には、民事上のみならず、刑事上の責任追及も可能となるため、情報を持ち出した者に対し、強力な措置を講じていくことが可能です。しかし一方で、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない、契約によってその情報を保護すべき手当ても講じていない場合などは、企業としてはいかに重要な情報であったとしても、不正競争防止法上の保護を得ることはできません。

 それでは、不正競争防止法上の「営業秘密」とはどのようなものでしょうか。営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの(不競法2条6項)」とされています。典型的な営業秘密は、設計図や製造技術(ノウハウ)、顧客名簿などです。中小企業から相談を受けるケースで圧倒的に多いのは、顧客名簿です。

<営業秘密の三要件>

①秘密管理性:秘密として管理されていること
②有用性 :生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること
③非公知性 : 公然と知られていないこと

 

 不正競争防止法上の「営業秘密」と言えるには、この三要件をすべて満たす必要があります。

 不正競争防止上の営業秘密に関しては、経済産業省が平成15年に営業秘密管理指針(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf)を策定しており、平成31年1月に最終改訂がされています。以下では、この指針を参考に解説します。

①秘密管理性

 秘密管理性とは、その情報が客観的に秘密として管理されていることです。従業員の立場からみて、その情報が会社にとって秘密としたい情報であることが客観的に示されていることが必要であり、単に会社にとって秘匿性が高いというだけでは不十分です。

 これは、秘密管理性要件の趣旨が、企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにある、とされているためです。具体的には、パソコン内のデータへのアクセス制限(パスワードなど)、書類へのマル秘表示などが挙げられますが、要求される情報管理の程度や態様は、秘密として管理される情報の性質、保有形態、企業の規模等に応じて事案ごとに異なります。

 

〈秘密管理性に関する参考裁判例〉

□ 企業の規模を考慮した例

 パスワード等によるアクセス制限、秘密であることの表示等がなかったにもかかわらず、全従業員数が 10 名であり、性質上情報への日常的なアクセスを制限できないことも考慮し、秘密管理性を肯定(大阪地判平成15年2月27日平成 13 年(ワ)10308 号)。

 

□ 営業上の必要性を理由に緩やかな管理を許容した例

 顧客情報の写しが上司等に配布されたり、自宅に持ち帰られたり、手帳等で管理されて成約後も破棄されなかったりしていたとしても、これらは営業上の必要性に基づくものであり、従業員が本件顧客情報を秘密であると容易に認識し得るようにしていたとして、秘密管理性を肯定(知財高判平成 24 年7月4日平成 23年(ネ)10084 号)。

 

□ 情報の性質から従業員等が認識可能であると認定した例

 PC樹脂の製造技術に関する情報は世界的に希有な情報であって、製造に関係する従業員は当該製造技術が秘密であると認識していたといえるとして秘密管理性を肯定(知財高裁平成 23 年9月27 日 平成22年(ネ)10039 号)。

 

□ 物理的な管理体制を問題にすることなく秘密管理性を肯定した例

 安価で販売して継続的取引を得るなどの極めて効果的な営業活動を可能ならしめるものという情報の重要性と、情報を開示されていたのが従業員11名に過ぎなかったことに加えて、従業員が退職する直前に秘密保持の誓約書を提出させていたこと等の事情を斟酌して、秘密管理性を肯定(大阪高判平成 20 年 7 月18日 平成20 年(ネ)245 号)。

(以上、経済産業省「営業秘密管理指針」より引用)

②有用性

 「有用性」が認められるためには、その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要です。企業の反社会的な行為などの公序良俗に反する内容の情報は、不正競争防止法上の「有用性」は認められません。「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼があります。

 秘密管理性、非公知性要件を満たす情報は、有用性が認められることが通常であり、現に事業活動に使用・利用されていることを要するわけではありません。

③非公知性

「非公知性」が認められるためには、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要です。具体的には、当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない、公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない等、保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態をいいます。

 

弁護士による営業秘密・情報漏洩対応

1 不正競争防止法違反の法的効果

 不正競争防止法上の「営業秘密」に該当すれば、差止めをはじめとする民事上、刑事上の措置の対象になりうることとなります。もっとも、秘密管理性等の三要件が認められ、営業秘密に該当したとしても差止め等や刑事措置の対象となるためには、法に定める「不正競争」 や「営業秘密侵害罪」としての要件をすべて充足しなければならない(法第2条第1項第4号~第10号、法第21条第1項各号等)ことに留意する必要があります。

 

⑴ 差止め

 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる(不競法3条1項)

 

⑵ 損害賠償

 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる(不競法4条本文)

 

⑶ 刑事罰

 営業秘密の侵害行為:10年以下の懲役もしくは2千万円以下の罰金、併科(不競法21条1項各号)

 

2 情報漏洩を防ぐための方策

(1)秘密管理規定・秘密流出防止管理マニュアル等の策定

 個人情報や社内情報を扱う企業では、最低限、当該情報の取扱規定を整備しておく必要があります。どのような情報が社内情報に該当するのか、誰がどのように管理するのかなど、社内情報に関する基本的な事項を決めることとし、また、従業員個人のSNSアカウントの利用方法についても併せて規定しておくことで、SNS経由での社内情報の流出を防止するのに有効となります。

 

(2)社内情報へのアクセス権の制限

 秘密情報を含む社内情報に企業内の誰でもアクセスすることができる状態では、漏洩するリスクは高いといわざるを得ません。社内情報の漏洩を回避するためには、アクセス権を制限するなどの情報セキュリティ対策を講じることが有効な手段となります。

 重要な社内情報や秘密情報については、IDやパスワードの入力をしなければアクセスすることができないようにすれば、有効なアクセス権限を有する従業員以外が社内情報に触れることはできないことになります。仮に、社内情報が漏洩したとしても、いつ、誰がアクセスをしたかを知ることができれば、情報漏洩後の対処も容易になるといえます。

 

(3)社内情報の持ち出しの禁止

 社内情報の漏洩の事例では、社外で情報を紛失してしまったという事例もあります。そのような事例では、社内情報の外部への持ち出しを禁止するなどの情報漏洩対策を講じることが有効となります。リモートワークなどにより社外でも社内情報にアクセスする機会が増えてきていますが、会社から貸与されたパソコン以外でアクセスをしない、データを暗号化するなどの対策を講じて社内情報の漏洩のリスクを減らすことが考えられます。

 

(4)社内教育・研修の定期的な実施

 秘密情報の漏洩対策として規定の整備をしたとしても、従業員個人の意識が低い状態では社内情報の漏洩を防ぐことができません。そのため、情報管理の徹底や社内情報を漏洩した場合のリスクなどを認識してもらうために定期的な社内教育・社内研修を実施することが必要になります。

 従業員個人の情報管理に対する意識を高めることが、情報漏洩対策としては有効な手段となります。

 

弁護士に依頼するメリット

 営業秘密の問題が顕在化する典型的な場面としては、退職者が会社の顧客情報を持ち出した、競業他社の退職者を中途採用したら、競業他社から営業秘密侵害だという理由で訴えられた、といった場面などです。

 社内情報が漏洩した場合、企業は莫大な損害を被るとともに、社会的信頼を失い、レピュテーションリスク(風評被害)が発生する可能性があります。企業としては、情報漏洩後の対策よりも情報漏洩を起こさないための事前の対策が何よりも重要です。顧問弁護士を利用することで必要な社内規定の整備から社内研修への対応など社内情報漏洩に対して有効な対策を講じることができます。

 社内情報漏洩に対する事前の対策を検討されている企業は、ぜひさいたまシティ法律事務所までお問い合わせください。

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    Last Updated on 2024年2月27日 by roumu.saitamacity-law

    この記事の執筆者:代表弁護士 荒生祐樹

    さいたまシティ法律事務所では、経営者の皆様の立場に身を置き、紛争の予防を第一の課題として、従業員の採用から退職までのリスク予防、雇用環境整備への助言等、近時の労働環境の変化を踏まえた上での労務顧問サービス(経営側)を提供しています。労働問題は、現在大きな転換点を迎えています。企業の実情に応じたリーガルサービスの提供に努め、皆様の企業の今後ますますの成長、発展に貢献していきたいと思います。

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