就業規則の作成・チェックとは?労務に精通した弁護士が解説

就業規則の作成・チェックとは?労務に精通した弁護士が解説

就業規則とは

 就業規則とは,賃金や労働時間,解雇や懲戒処分の事由,服務規律の内容など,就業にあたり従業員が守るべき規律を定めるものです。合理的な労働条件を定めた就業規則が従業員に周知されている場合,その就業規則は,従業員の個別の同意がなくても雇用契約の内容になります(労働契約法第7条)。就業規則は,多数の従業員の労働条件を統一的に定めるとの点において雇用契約書とは異なる機能をもちます。

 就業規則の作成は,常時10人以上の従業員を使用する事業場がある会社においては法律上の義務とされています。労働基準法第89条で,「常時10人以上の労働者を使用する使用者は,就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない」と定められており,違反した場合には30万円以下の罰金が科されます。

 

就業規則に関する問題を放置する危険性

 就業規則自体がない若しくは就業規則はあっても,労務トラブルや労働審判,労働裁判の現場で役に立たない内容になっているケースが見受けられます。これでは,せっかく就業規則を作成していても機能せず,以下の例のような労務トラブルや裁判で,解決のために多額の金銭を会社側が支払わなければならない結果となったり,従業員の問題行動に対応できず会社が多大な損害を負う場合がありました。就業規則の不備により会社に発生する損害の例としては,以下のようなものが挙げられます。

(例)

(1)就業規則自体が法律に違反しており,損害賠償を請求された
(2)懲戒に関する規定の不備により,従業員に対する懲戒解雇が不当解雇となり,裁判所で多額の金銭支払いを命じられた
(3)機密保持に関する規定の不備により,従業員が会社の情報を持ち出しても適切な対応ができなかった
(4)固定残業代に関する規定の不備により,多額の残業代の支払いを命じられてしまった
(5)就業規則の不利益変更の効力が認められず,多額の金銭支払いを命じられてしまった

 

就業規則の作成義務について

 前述のとおり,労働基準法では常時10人以上の従業員を使用する企業に,就業規則の作成を義務付けています。作成義務の違反には「30万円以下」の罰金が科されます。「常時10人以上」という人数は,「事業所ごと」にカウントします。パートタイマーやアルバイトなど,いわゆる非正規雇用の社員も「10人以上の従業員」に入ります。業務委託社員や派遣労働者,繁忙期のみ勤務する臨時社員は人数に含まれません。

 「常時10人以上の従業員」がいない事業所については,就業規則の作成義務はありません。しかし,就業規則はトラブルが起きた場合の会社の拠り所になるものですので,法律上の義務はない10人未満の事業所においても,就業規則を作成しておいた方がよいでしょう。

 

就業規則の周知について

 労働基準法第106条において,「使用者は,就業規則を,常時各作業場の見やすい場所へ掲示し,または備え付けること,書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって,労働者に周知させなければならない。」とされています。

 周知がされていない就業規則は多くの裁判例で無効とされていることから,就業規則の作成後に正しく周知することは極めて重要です。例えば,残業を応じる義務を雇用契約書ではなく就業規則で定めている場合,就業規則を周知していなければ,就業規則の効力が認められず,残業を命じる根拠もないことになりますので,注意が必要です。

 たまに,社員の過半数代表者等の意見を聞いた上で労働基準監督所に届けてあるから有効だ,という会社がありますが,それだけでは有効ではありませんので,周知の手続きは極めて重要です。

 就業規則の周知方法は,労働基準法施行規則第52条の2で定められており,以下のような方法が挙げられます。

 

ⅰ 各事業所(支社,営業所,店舗など)の見やすい場所に掲示する
ⅱ 書面で従業員全員に交付する
ⅲ 電子媒体に記録し,それを常時パソコンのモニター画面等で確認できるようにする

 

 判例上は,労働基準法施行規則の規定とは別に,就業規則の周知について,実質的に「労働者が就業規則を知ろうと思えばいつでも知り得る状態にしておくことが必要である」とされています。

 なお,就業規則を掲示することにより従業員に周知する場合,掲示は事業所ごとに行わなければなりません。本社に行けば就業規則を見ることができるが,支店や支社では見ることができないという場合,支店や支社の従業員に対し就業規則が周知されていたとはいえないことになるため,注意が必要です。

 「就業規則の周知」は,就業規則の効力が認められるために必要な重要なポイントです。

 

就業規則への記載事項について

 就業規則の記載事項には,大きく分けて以下の3つがあります。

1.絶対的必要記載事項

 就業規則に必ず記載しなければならない記載事項

・始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇ならびに労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
・賃金(臨時の賃金等を除く)の決定,計算,支払いの方法,賃金の支払いの時期ならびに昇給に関する事項
・退職に関する事項(解雇事由を含む)

2.相対的必要記載事項

 制度を設ける場合は必ず就業規則に記載をしなければならない記載事項

・退職金手当の定めをする場合においては,適用される労働者の範囲,退職手当の決定,計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払い時期に関する事項
・従業員に食費,作業用品その他の負担をさせる場合においては,これに関する事項
・安全及び衛生に関する定めをする場合においては,これに関する事項
・職業訓練に関する定めをする場合においては,これに関する事項
・災害補償や業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては,これに関する事項
・表彰及び制裁の定めをする場合においては,その種類及び程度に関する事項
・以上のほか,当該事業場の全従業員に適用される定めをする場合においては,これに関する事項

3.任意的記載事項

 就業規則に記載するかどうかが自由である記載事項

(1)採用手続,試用期間,配置転換に関する事項
(2)異動,出向・転籍に関する規定
(3)休暇,服務規律,就業に関する遵守事項に関する規定

 

そのほかの任意的記載事項としては,

 

・就業規則の適用範囲に関する規定 
・身元保証に関する規定
・業務の過程で発明や著作物の作成があったときの知的財産権の帰属に関する規定
・残業に関する規定
・会社から従業員に損害賠償を求める場合に関する規定

 

 「1.絶対的必要記載事項」及び「2.相対的必要記載事項」は,法律上記載事項が決められています(労働基準法第89条)。

 

 「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」,そして「任意的記載事項」の3つの組み合わせで就業規則が構成されることを,就業規則の作成方法のポイントとしておさえておきましょう。

 

就業規則の効力について

 就業規則の効力は,労働契約法に条文が設けられています。その中で,企業が合理的な労働条件を就業規則に定めて,その就業規則を従業員に周知した場合,就業規則の内容は,企業と従業員の間の労働契約の内容となることが定められています。就業規則の作成は,従業員が一致団結できる組織を作ることが目的であり,「集団」を対象とする点が,雇用契約書との大きな違いです。作成の手続も,雇用契約書が各従業員と個別に取り交わすものであるのに対して,就業規則は事業所ごとに作成するもので従業員の個別の署名捺印は必要ありません。雇用契約書も就業規則もどちらも労働契約の内容となるものですが,雇用契約書が個別の従業員を対象とするものであるのに対し,就業規則は「集団」を対象とするものであることをおさえておきましょう。

 雇用契約書と就業規則の内容が食い違うときは,雇用契約書の方が従業員にとって有利な項目については雇用契約書が適用され,就業規則の方が従業員にとって有利な項目については就業規則が適用されるというルールが設けられています(労働契約法第7条但書,労働契約法第12条)。

 

就業規則の改訂・変更について

 一度作成した就業規則も,事業内容の変化や,事業環境の変化,就業条件の変化や法改正などがあったときは,改定,変更することが必要です。変化があったのに,改定しないまま放置することは,就業規則の内容と実際の会社内の就業ルールが矛盾していることになり,企業の労務管理が崩れていく原因になります。 現在,労働関係の法律が頻繁に改正されていることを踏まえると,就業規則も毎年1回は変更が必要になることが通常です。

 就業規則の変更には,変更案について従業員代表の意見を聴取した上で,変更届を労働基準監督署に提出し,変更後の就業規則を社内で周知する手続が必要です。また,労働契約法上,原則として,「労働者と合意することなく,就業規則を変更することにより,労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」(労働契約法第9条)とされている点にも注意が必要です。

 

パート・アルバイトの就業規則

 パート社員や契約社員については,正社員とは労働条件が異なるため,正社員用の就業規則とは別にパート社員用,契約社員用,それぞれの就業規則を作成することが通常です。例えば,パート社員や契約社員について,病気になったときの休職についての扱いや,年次有給休暇の日数,賃金体系などは,パート社員及び契約社員と正社員では異なるのが通常ですので,それを反映した就業規則を作成することが必要です。

 また,パート社員,契約社員の就業規則を作成するときは,「同一労働同一賃金ルール」や「雇止め法理」,「無期転換ルール」など非正規社員独自のルールに注意することが重要です。

 

弁護士による就業規則の作成・見直し

 問題のある就業規則の典型として,社内の実情を踏まえておらず,就業規則が形骸化しているケースがあります。最新の法改正や判例の動向が踏まえられておらず,就業規則に効力が認められない条文が含まれているケース,使用者側の一方的な都合や利益のみが強調されており裁判所で効力が認められる可能性がないと思われるケースや,作成後の意見聴取の手続が正しく行われていないケース,就業規則の周知が不十分で,就業規則としての効力が認められないケースなども多く見られます。このような問題のある就業規則では,就業規則がないのと同じであり,労働問題トラブルに対応できず,会社に大きな損害をもたらす危険すらあります。

 就業規則は,従業員の問題行動について適切に対応でき,かつ,労働問題トラブル,労働裁判が発生した場合にも会社が正しく対応できる規律であることが必要であり,これらに対応するために,実際に生じた紛争の実情に精通した弁護士による就業規則の作成・見直しが求められます。

 

弁護士に依頼するメリット

 さいたまシティ律事務所では,多くの労働問題や労務トラブル,労働裁判を解決してきた実績があり,その際の経験を生かして,就業規則の内容を,実際の労働問題や労務トラブル,労働裁判にて活用できる内容にするために,常に改善,研究を行っています。このようなことは,実際に裁判を担当して解決にあたる弁護士でなければできません。

 さいたまシティ法律事務所に就業規則の作成をご依頼いただくことで,自社の就業規則を実情に沿うものとし,万が一の労務トラブルや労務裁判においても活用することができる内容に整備することができます。ぜひご検討ください。

お問い合わせはこちらから

    会社名※

    ご担当者名※

    ふりがな※

    住所

    電話番号※

    Eメール※

    面談希望日

    (記入例)2017年10月05日 14時から


    相談内容※

    個人情報の取り扱いについて

    さいたまシティ法律事務所(以下、当事務所)は、個人情報保護の重要性を認識し、法令遵守し、最善の注意を払ってお客様の個人情報を保護することが社会的責務であると考え、お客様に安心し、また安全にご利用いただけるように当事務所のプライバシーポリシーを定め、それに従い、厳重に取り扱ってまいります。

    1. 個人情報の利用について

    当事務所では、お客様の同意のもと、氏名、メールアドレス、住所等の個人情報を収集させていただきます。これらの情報は、お客様が希望するサービス、情報の提供および本サイトをご利用する際にお客様の利便性を向上させるために利用させていただきます。

    当事務所が収集するお客様の個人情報は、収集目的を明確にした上で、目的の範囲内に限ります。また、個人情報の利用は、その収集目的から逸脱しない範囲とします。

    収集した個人情報は、同目的の範囲内で利用しており、お客様の事前承諾なしに目的外利用や第三者への提供は行いません。また個人情報に関する不正アクセス、紛失、改竄、漏洩を防ぐための適切な処置を行います。

    当事務所は、当事務所が保有する個人情報に関して適用される法令、規範を遵守します。

    当事務所は、個人情報保護に関する管理の体制と仕組みについて継続的改善を実施します。

    2. 個人情報の第三者への開示について

    当事務所は、お客様のプライバシーを尊重し、個人情報を保護するために細心の注意を払っています。当事務所では、本サイトを利用されたことに伴い取得した個人情報を、お客様の事前の同意なく第三者に対して開示することはありません。ただし、次の各号の場合には、お客様の事前の同意なく、当事務所はご依頼人様の個人情報を開示できるものとします。

    ●法令に基づき開示を求められた場合
    ●当事務所、他のお客様様またはその他の第三者の権利、利益、名誉、信用等を保護するために必要であると当事務所が判断した場合
    ●お客様が自身の個人情報の開示を事前承認した場合

    3. 変更および通知について

    当事務所はこの個人情報保護方針の内容を、事前の予告なく変更することがあります。お客様へその都度ご連絡はいたしかねますので、ご利用の際には本ページの最新の内容をご参照ください。

    4. 個人情報の利用・提供の拒否に関するお問い合わせ

    一旦当事務所にご提供いただいた個人情報について、利用を望まない場合や利用目的内での第三者への提供を望まない場合は、当事務所までお問い合わせください。

    当事務所の個人情報保護方針に同意する

    Last Updated on 2024年2月27日 by roumu.saitamacity-law

    この記事の執筆者:代表弁護士 荒生祐樹

    さいたまシティ法律事務所では、経営者の皆様の立場に身を置き、紛争の予防を第一の課題として、従業員の採用から退職までのリスク予防、雇用環境整備への助言等、近時の労働環境の変化を踏まえた上での労務顧問サービス(経営側)を提供しています。労働問題は、現在大きな転換点を迎えています。企業の実情に応じたリーガルサービスの提供に努め、皆様の企業の今後ますますの成長、発展に貢献していきたいと思います。

    就業規則の作成・チェックとは?労務に精通した弁護士が解説の関連記事はこちら

    法律相談のご予約はお電話で TEL:048-799-2006 平日:9:30~18:00 さいたまシティ法律事務所 法律相談のご予約はお電話で TEL:048-799-2006 平日:9:30~18:00 さいたまシティ法律事務所 ご相談の流れご相談の流れ メールでの相談予約メールでの相談予約

    【判例解説】みなし労働時間制とは?協同組合グローブ事件(最高裁第三小法廷令和6年4月16日)判決について弁護士が解説

    第1 最高裁判決の要旨

    最高裁判所第三小法廷(今崎幸彦裁判長)は,令和6年4月16日,事業場外労働のみなし労働時間制(労働基準法38条の2第1項)における「労働時間を算定し難いとき」が争点となった裁判で,適用を否定した原審を破棄し、審理を福岡高等裁判所に差し戻しました。

    原審の福岡高等裁判所は,「業務日報」によって使用者は労働時間を把握できたとして、「労働時間を算定し難いとき」とは認められず,みなし労働時間制の適用を否定し,使用者に残業代の支払いを命じていました。

    しかし最高裁は,業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく,業務日報による報告のみを重視して、「労働時間を算定し難いとき」に当たると判断した原審について、労働基準法38条の2第1項(本件規定)の解釈適用を誤った違法があると判断しています。

    第2 事業場外労働のみなし労働時間制度(労基法38条の2第1項)とは?

    労働基準法38条の2第1項 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。

    事業場外労働のみなし労働時間制度とは?

    労働時間は、実際の労働時間(実労働時間)によって算定することが原則ですが,事業場外労働のみなし労働時間制度とは、①労働者が業務の全部又は一部を事業場外で従事し、②使用者の指揮監督が及ばないために、③当該業務に係る労働時間の算定困難な場合に、使用者のその労働時間に係る算定義務を免除し、その事業場外労働については 「特定の時間」を労働した,とみなすことのできる制度です。

    みなし制の適用になる事業場外労働は,直行直帰が常態的な事業場外労働(取材記者,外勤営業社員)や臨時的事業場外労働(出張)のように、社外勤務のある労働者に適用できるもので、事業場外で労働して、労働時間の算定が困難な場合に、原則として所定労働時間労働したものとみなされます。

    この制度の適用が認められると、実労働時間と関係なく、みなされた「特定の時間」を労働したとされます。

    事業場外労働のみなし労働時間制度が適用できないケースの例

    ・何人かのグループで事業場外労働を行う場合で、そのメンバーの中に労働時間を管理する立場にある者がいる場合

    ・無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合

    ・事業場において、訪問先,帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後,事業場外で指示どおりに業務に従事し,その後,事業場に戻る場合

    第3 協同組合グローブ事件の事案の概要

    1 本件は,外国人の技能実習に係る監理団体であった上告人兼使用者(以下,Yといいます。)に雇用されていた被上告人兼従業員(以下,Xといいます)が,事業場外労働みなし制度が無効であると主張して,勤務先のYに未払い残業代を請求した事案です。

    2 最高裁が判示する事実関係は以下のとおりです

    ⑴ Xは、平成28年9月、外国人の技能実習に係る監理団体であるYに雇用され、指導員として勤務したが、同30年10月31日、Yを退職した。 ⑵ Xは、自らが担当する九州地方各地の実習実施者に対し月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために、来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳を行うなどの業務に従事していた。 Xは、本件業務に関し、実習実施者等への訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理していた。また、Xは、Yからから携帯電話を貸与されていたが、これを用いるなどして随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはなかった。 Yの就業時間は午前9時から午後6時まで、休憩時間は正午から午後1時までと定められていたが、Xが実際に休憩していた時間は就業日ごとに区々であった。また、Xは、タイムカードを用いた労働時間の管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできたが、月末には、就業日ごとの始業時刻、終業時刻及び休憩時間のほか、訪問先、訪問時刻及びおおよその業務内容等を記入した業務日報をYに提出し、その確認を受けていた。

    第4 原審の要旨

    Xの業務の性質、内容等からみると、YがXの労働時間を把握することは容易でなかったものの、Yは、Xが作成する業務日報を通じ、業務の遂行の状況等につき報告を受けており、その記載内容については、必要であればYから実習実施者等に確認することもできたため、ある程度の正確性が担保されていたといえる。現にY自身、業務日報に基づきXの時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったものであり、業務日報の正確性を前提としていたものといえる。以上を総合すると、本件業務については、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえない。

    第5 最高裁判決

    1 「労働時間を算定しがたいとき」の判断要素

    「前記事実関係等によれば,本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。また、Xは、本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。 このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、Xが担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。」

    →本判決には補足意見が付されていますが,補足意見も,「労働時間を算定しがたいとき」に当たるか否かの判断のあり方ついて・・・,業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮している。これらの考慮要素は、本件規定についてのリーディング・ケースともいえる最高裁平成24年(受)第1475号同26年1月24日第二小法廷判決・裁判集民事246号1頁(阪急トラベルサポート事件)が列挙した考慮要素とおおむね共通していることから,従前の最高裁、今後の同種事案の判断に際しても参考となると考えられる。」と述べており,本判決は新しい判断基準を示したものではないと考えられます。

     2 業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情の検討が不十分であること

    「原審は、被上告人が上告人に提出していた業務日報に関し、①その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、②上告人自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことを指摘した上で、その正確性が担保されていたなどと評価し、もって本件業務につき本件規定の適用を否定したものである。 しかしながら、上記①については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。上記②についても、上告人は、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずに被上告人の労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければ上告人が業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、上告人が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。」  以上によれば、原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った

    違法があるというべきである。

     →原審が把握した事情のみによっては,業務日報の正確性が担保されていたということはできない,と判示し,福岡高等裁判所に事件を差し戻しました。

    第6 裁判官林道晴の補足意見

    「もっとも,いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。 こうした中で、裁判所としては、上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。」

     →業務日報の報告のみによることなく,具体的な事情に即した判断が必要である,との意見を述べています。

    第7 本判決の検討と評価

    1 事業場外労働のみなし労働時間制度の適用の可否を判断するにあたり,その適用を否定する裁判例が数多くあります。本判決では,その適用を否定した原審判決を差し戻したわけですが,適用の前提となる業務日報について原審において改めて審理するように差し戻していることから,本最高裁判決において結論が出たわけではありません。

    実際,事業場外労働のみなし労働時間制度のリーディングケースといわれる最判平成26年1月24日(阪急トラベルサポート事件)は、「本件添乗業務について,本件会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。」とし、このような「業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。」としているところ,補足意見でも阪急トラベルサポート事件の考え方を踏襲していることから,従前の考え方と矛盾があるわけではありません。

    2 本件と阪急トラベルサポート事件について,日報による報告によっていたことは類似していますが,前述のとおり,その正確性の担保の程度が異なっていたことが,結論を分けたと考えます。つまり,抽象的一般的に労働時間が把握できたり,技術的に可能であったとしても,それだけでは足りず,あくまで「具体的な事情に的確に着目」(補足意見)される必要があり,在宅勤務やテレワークにおいても同様に考えられるのではないでしょうか。

    3 本判決において「労働時間を算定し難いとき」の解釈について,必ずしも従前のハードルが変化したわけではありません。業務日報が作成されていることをもって直ちに事業場外労働のみなし労働時間制度の適用が否定されるわけではないこと,「労働時間を算定し難いとき」は,個別具体的に検討されなければならないことを明確にしたという点において,意義がある判決であると考えます。

    自社の労務規定についてご不安のある方はお気軽にご相談ください

    本判決をきっかけに、自社の労働時間の算定方法について、一度見直しを図ってみるのも良いかもしれません。さいたまシティ法律事務所では労務問題を中心に、企業様からのご相談を受け付けております。お気軽にご連絡ください。

    顧問プラン表はこちらをご覧ください。

    法律相談のご予約はお電話で TEL:048-799-2006 平日:9:30~18:00 さいたまシティ法律事務所 法律相談のご予約はお電話で TEL:048-799-2006 平日:9:30~18:00 さいたまシティ法律事務所 ご相談の流れご相談の流れ メールでの相談予約メールでの相談予約