残業代請求・未払い賃金対応とは
会社の経営者から弁護士に寄せられる相談で特に多いのが、未払い残業代に関するトラブルです。
たとえば、内容証明郵便で残業代の請求をされた,残業代を支払うようにユニオンから団体交渉の申し入れがあった,といったケースです。背景には,サービス残業が常態化しているといったかつての雇用慣習の名残や,そもそも労働時間の管理が適正になされていないなどの労務それ自体の問題,固定残業制が採用されているが,固定残業分を超える残業を行っている,管理監督者なので残業代は支払われないとされているものの名ばかりである,歩合給に時間外労働手当を含めていた,といったように,背景とする事情は多種多様です。
請求を受けた場合,多くの経営者はその金額に驚き,どう対応すればよいか頭を抱えることが少なくないと思います。そのような場合であっても、請求された金額を全額支払わないといけないとは限りません。
労働時間や金額の計算は正しいのか,手当等はきちんと考慮されているのかといった、事実関係のみならず多様な法的問題があり,その上で残業代として法的に支払うべき金額の検討に入ります。
このページでは、未払い残業代を請求された企業が,対応を放置する危険性と,弁護士による対応について詳しくご説明します。
残業代請求対応、未払い賃金対応を放置する危険性
1 企業側に労働時間の適切な管理を求められる
通常の紛争では,請求者側にその金額の発生根拠について立証責任が求められます。残業代の請求は,時間外労働時間に基づいて発生するため,時間外労働をしたことの立証責任は労働者の側にあります。
しかし一方で,労働基準法は賃金全額払いの原則を採用し,時間外労働や休日労働について厳格な規制を行っています。厚生労働省も,「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)を策定し,企業側が、労働時間の適正な把握と適切な労働時間管理を行うべきことを確認しています。
したがって,残業代請求紛争の場では,事実上,使用者側に「労働時間」について立証が求められます(立証責任の転換)。前述のとおり,労働者の労働時間等を管理するのは企業側であること,企業側は労働者に時間外労働や未払い賃金が発生しているかについて把握できる立場にあることから,企業側における労働者の労務管理状況について明らかにするように求められます。したがって,「残業代は発生していないというのが当社の見解である。それが違うというのであれば、労働者側が根拠を示すように」といった対応は誤っており,そのような対応を企業側が行ってはなりません。残業代が請求される場面では、普段から,きちんとした労務管理を行っていたか否かが問われます。
2 団体交渉を求められる可能性
中小企業では自社に労働組合がない場合が大半かと思われますが,最近はユニオンと呼ばれる労働組合が増えています。実際,労働者からの団体交渉の申込みがあった場合,労働者が加入したユニオンからの団体交渉であることがほとんどです。ユニオンから団体交渉を申し込まれた場合,会社には誠実交渉義務があるため,団体交渉を拒否する、書面でしか回答しない、権限のない社員に対応させる、持ち帰り検討する、といったことを繰り返すと,誠実交渉義務違反となる場合があります。したがって,団体交渉を申し立てられたら,中途半端な対応は許されず,労働組合法等を踏まえた対応を行う必要があります。
また,ユニオンの中には、団体交渉だけでなく、会社前でビラまきをしたり、街宣車で拡声器を使い,街宣活動をすることもあります。このように,団体交渉を申し立てられた場合,企業側としては問題の解決のみならず,その対応に相当な労力を必要とします。
3 労働審判・訴訟の可能性
労働審判は最長で3回であり,企業側にとっても問題の早期解決を目指すにはよい制度といえます。企業にとって労働者側の残業代請求に疑義があるのであれば、1回目の審判の前に、必要な反論や、裏付けとなる証拠は全て「出し尽くす」準備が必要です。実際,1回目の審判期日から、審判委員会から核心に迫る質問を浴びせられ、解決に関する具体的な回答を求められるため、労働審判の場合,いわゆる「様子見」は通用しません。通常の裁判のように「1回目は様子を見る」という対応ができないのです。
未払い残業代が発生している状況のもとで訴訟となれば,付加金の請求をされる可能性があります。裁判所は,労働基準法(残業代で言えば37条)に違反して残業代を支払わなかった場合,本来使用者が支払うべき金額の未払金と同額の「付加金」の支払いを命じることができます(労基法114条1項)要するに,本来支払うべき残業代×2倍の残業代の支払い義務が生じます。「付加金」は,判決が確定して初めて発生する義務とされているため,判決確定前の時点で和解するなどして支払い義務を履行すれば,支払い義務を負うことはありません。しかし,見通しを見誤り,残業代は発生しないとの前提で判決に臨んだら,予期に反して敗訴し(残業代が認められた),加えて付加金の支払い義務まで発生するとなると,企業側にとっては深刻なダメージとなる可能性があります。
4 時効期間の延長
危険性とは少し異なりますが,残業代請求の時効期間は,令和2年3月以前は2年とされていましたが、労働基準法が改正されて5年に変更されました(労働基準法115条)。現在は,経過措置として、当分の間時効期間は3 年とされています(労働基準法附則 143 条3項)。
この点については、改正法施行後5年を経過した段階での見直しが予定されており(労働基準法附則令和2年3月31日法律第13号の3条)、令和7年以降は、現在の3年から、さらに、時効期間が延長される可能性があります。このような時効期間の延長により、未払い残業代の請求を受けた場合の企業側のリスクが、以前より格段に上がってきていることには注意が必要です。
弁護士による残業代請求対応、未払い賃金対応
1 適切・正確に現状を把握する
まず、従業員からの請求を確認し,どのような根拠に基づいた請求なのか慎重に検討します。先程,企業側において「残業代が発生していないこと」の立証責任が求められると書きましたが,あまりに漠然とした請求では,会社側において精査しようにもしようがないことがあります。そこで,あいまいな請求をしている場合には、まずは請求の根拠を明らかにしてもらうことから始めることもあります。
そのうえで、会社の就業規則や賃金規定はどのようになっているのか、従業員との個別の労働契約の内容、実際の賃金支払状況等を確認し、従業員側の請求と会社側の認識の食い違いを整理・把握していきます。
2 方針決定
把握した事実関係に基づいて,今後の対応方針を決定します。未払い残業代の有無を出発点に、法的紛争になった場合の見通し、他の従業員への波及問題等を踏まえ、譲歩して早期解決を図るか、徹底して争うか否かなど採るべき対応を決定します。未払い残業代請求における主要な争点としては、労働時間の範囲(始業、終業時刻、休憩時間等)、割増賃金の計算の基礎となる賃金手当の範囲,割増賃金に対応する手当の支給,固定残業代制度の有効性、管理監督者性等があり、いずれも極めて法的な問題であって,論点ごとに詳細に検討する必要があります。事案に応じた適切な方針を決定するためには、労働法規に対する正確な知識と経験が必要となります。
3 交渉、労働審判、訴訟
決定した方針に従い、従業員との交渉等を行うことになります。交渉如何によって解決に至る場合もあれば,至らない場合もありますし,本格的な争いとなった場合には、労働審判、訴訟等で会社側の正当性を徹底して主張・立証することになります。(もちろん、争ったとしてもその後適切な時期に改めて話し合いによる解決を図ることも有効な選択肢となります。)
弁護士に依頼するメリット
以上のとおり,残業代の問題は極めて深刻な結果を招くことがあり,様々な法解釈が求められる法的な問題であると言えます。請求される残業代は高額であることが多いことから,企業側としては、「あんなに面倒を見てきたのに残業代だなんて」,「こんなに請求してきて,会社を潰す気か」などと,感情的になってしまうこともあるでしょう。しかし,労働基準法や労働契約法に則った対応を取らないと,リスクは増大するばかりであり,いつまで経っても解決に至らないこともあります。
当事務所では、労働審判や訴えを起こされた後の交渉はもちろんのこと、トラブルを未然に防ぐための就業規則の整備や職場環境の改善に関して、法的な見地から適切なアドバイスを致します。残念ながら多くの中小企業では、労働環境が十分に整備されているとは言いがたい状況です。弁護士が入ることで、経営者の代理となって労働環境の整備を行います。お気軽にご相談ください。
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Last Updated on 2024年2月27日 by roumu.saitamacity-law
この記事の執筆者:代表弁護士 荒生祐樹 さいたまシティ法律事務所では、経営者の皆様の立場に身を置き、紛争の予防を第一の課題として、従業員の採用から退職までのリスク予防、雇用環境整備への助言等、近時の労働環境の変化を踏まえた上での労務顧問サービス(経営側)を提供しています。労働問題は、現在大きな転換点を迎えています。企業の実情に応じたリーガルサービスの提供に努め、皆様の企業の今後ますますの成長、発展に貢献していきたいと思います。 |