カスタマーハラスメントとは
近時、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)が社会問題となっています。厚生労働省が発表している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によると、カスタマーハラスメントとは、「顧客等からのクレームや言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」とされています。
また、厚生労働省の有識者検討会は、労働者を守る観点で、企業に従業員保護を義務付けるべきだとする報告書の素案を示しました(令和6年7月19日付日本経済新聞朝刊)。現状、カスハラ防止に関する法規制はありませんが、このような動きを受けて、今後、カスハラ防止を内容とする法改正がなされる可能性があります。
カスハラが増加した理由
カスハラが増加した理由は多岐に渡るため、一概には言えないものの、主に以下の理由が考えられます。
1.社会の変化とストレス
現代社会では、仕事や家庭、経済状況といった様々なストレスが日々積み重なっています。これらのストレスを背景に、顧客がサービス業の従事者に対し過剰な要求や不満をぶつけることがあります。
2.顧客の権利意識の高まり
社会情勢の変化に伴い、顧客が権利を主張する傾向が強まっており、サービスに対する期待も高まっています。このため、些細な不満や不便を過剰に感じ取り、それを従業員に対して攻撃的に表現するケースがあります。
3.SNSやインターネットの影響・匿名性の影響
SNSやインターネットの普及により、誰でも簡単に情報を発信し、広めることができるようになりました。これにより、サービスに対する不満を公然と表明する場が増え、過激な表現や行動がエスカレートすることがあります。また、インターネット上での匿名性が、対面でのコミュニケーションにおいても影響を及ぼし、匿名性を盾に攻撃的な態度を取る顧客が増える原因となっています。
4.企業側の対応の変化
企業は顧客満足度を重要視し、顧客の声に迅速かつ丁寧に対応するように努めています。しかし、「顧客は常に正しい」という旧来からの考え方が、結果として、顧客の過剰な要求を助長し、ハラスメントに繋がることがあります。
5.経済的なプレッシャー
経済的な不安が顧客の心に影響を与え、少しの損失や不便に対して過剰に反応しがちです。特に、経済的に困窮している状況では、サービスに対する期待や不満が高まりやすくなるため、これらの要因が複合的に作用し、カスハラの増加に繋がることがあります。
カスハラによる企業の損失とは
カスハラは企業に対して多大な損失をもたらすことがあります。以下は具体的な損失の例です。
1.従業員のストレスとメンタルヘルスの悪化
カスハラによって従業員が精神的なストレスを受け、モチベーションの低下やメンタルヘルスの悪化に繋がります。これにより、生産性が低下し、休職や退職が増えることがあります。
2.人材の離職率の増加
カスハラが頻発すると、従業員の満足度が低下し、結果として離職率が上昇しかねません。人材の採用や訓練には多大なコストがかかるため、企業にとって大きな負担となります。
3.ブランドイメージの低下
カスハラが報道されたりSNSで拡散されたりすると、企業のブランドイメージが悪化する可能性があります。これにより、顧客からの信頼を失い、売上に影響を与えることがあります。
4.業務効率・顧客サービスの質の低下
ハラスメント対応に多くの時間とリソースが割かれることで、本来の業務に集中できず、業務効率が低下します。また、従業員がカスハラに疲弊すると、サービスの質が低下し、他の顧客に対しても満足度の低いサービスを提供することになります。これが更なる顧客離れを引き起こすことがあります。
5.法的リスクと訴訟費用
従業員が受けたカスハラが深刻であり、企業が従業員に対して十分な対応を取らなかった場合、従業員から企業に対し、安全配慮義務違反を根拠に法的責任を追及される可能性があります。その場合、弁護士費用や賠償金などを負担することとなり、これにより、経済的な損失が生じます。
6.職場内のコミュニケーションの悪化
カスハラの発生によって職場内のコミュニケーションが悪化し、チームワークに影響を及ぼすことがあります。これにより、組織全体のパフォーマンスが低下する可能性があります。
企業がとるべきカスハラ対応
企業がカスハラ対策の基本的枠組みを構築するためには、カスハラを想定した事前の準備及び時実際に起こった際の事後対応を構築する必要があります。
1.事前の準備
①事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
・組織のトップがカスハラ対策への取り組みの基本方針・基本姿勢を明確に示す
・カスハラから組織として従業員を守るという基本方針・基本姿勢、従業員の対応のあり方を従業員に周知・啓発し、研修を実施する
②従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
・カスハラを受けた従業員が相談できるよう相談対応者を決めておく、または相談窓口を設置し、従業員に広く周知する
・相談対応者が相談の内容や状況に応じ、適切に対応できるようにする
③対応方法・手順の策定
・カスハラ行為への対応体制、方法等をあらかじめ定めておく
④社内対応ルールの従業員等への教育・研修
・顧客等からの迷惑行為、悪質なクレームへの社内における具体的な対応について、従業員への教育・研修を実施する
2.事後の対応(実際にカスハラが起こった際の対応)
①事実関係の正確な確認と事案への対応
・カスハラ該当性判断のため、顧客、従業員等からの情報を基に、その行為が事実であるか客観的な証拠(音声等)に基づいて確認する
カスハラの判断基準は、企業ごとに違いが出る可能性があります。一つの尺度として、厚生労働省のマニュアルでは、以下の判断基準を挙げています。 ①顧客等の要求内容に妥当性はあるか ②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か その他、殴る、蹴るといった暴力行為は、直ちにカスハラに該当するのみならず、犯罪なので、直ちに警察に通報しましょう。 |
・確認した事実に基づき、商品に瑕疵がある、サービスに瑕疵があるといった場合はすみやかに謝罪し、商品の交換、返金に応じる。瑕疵や過失等の落ち度がない場合は毅然と対応し、要求等に応じない
②従業員への配慮の措置
・被害を受けた従業員に対する配慮の措置を適正に行う
・繰り返される不相当な行為には一人で対応させず、複数名で組織的に対応する、メンタルヘルス不調への対応を怠らない
③再発防止のための取り組み
・同様の問題が発生することを防ぐ(再発防止の措置)ため、定期的な取り組みの見直しや改善を行い、継続的に取り組みを行う
④その他
・相談者のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、従業員に周知する
・相談したこと等を理由として不利益な取り扱いを行ってはならない旨を定め、従業員に周知する
カスハラに関する裁判例
カスハラに関しては、従業員から使用者の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求がなされることがあります。以下、損害賠償請求の肯定例と否定例です。
1.甲府地判平成30年11月13日(企業の責任肯定)
市の教諭が児童の保護者から理不尽な言動を受けた事に対し、校長が教諭の言動を一方的に非難し、また、事実関係を冷静に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に当該教諭に対して保護者に謝罪するよう求めたことについて、不法行為と判断し、小学校を設置するA市及び教員の給与を支払うB県は損害賠償責任を負うと判断された。
2.東京地判平成30年11月2日(企業の責任否定)
買い物客とトラブルになった小売店の従業員が、会社に対し、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮を欠いたとして、損害賠償請求を求めたところ、被告会社は、誤解に基づく申し出や苦情を述べる顧客への対応について、入社時にテキストを配布して苦情を申し出る顧客への初期対応を指導し、サポートデスクや近隣店舗のマネージャー等に連絡できるようにして、深夜においても店舗を2名体制にしていたことで、店員が接客においてトラブルが生じた場合の相談体制が十分整えられていたとし、被告会社の安全配慮義務違反は否定された。
~厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアルより」引用~
カスハラ対応は弁護士にご相談ください
カスハラは最近注目されてきましたが、実態としては以前からあるハラスメントであり、古くて新しい問題と言えます。未だ法整備もされていないため、どのような対応が必要なのか戸惑われている会社も多いことでしょう。
カスハラは、社内だけの問題ではなく、顧客という第三者が当事者となるトラブルであるため、複雑な事案となりがちです。特に、問題発生直後の初動が最重要であり、社内で対応を組織化できていなければ対応が難しいことが少ないと思われます。
さいたまシティ法律事務所では、カスハラの対応要領や体制整備にお悩みがあれば、ぜひさいたまシティ法律事務所にご相談ください。
以上
Last Updated on 2024年8月9日 by roumu.saitamacity-law
この記事の執筆者:代表弁護士 荒生祐樹 さいたまシティ法律事務所では、経営者の皆様の立場に身を置き、紛争の予防を第一の課題として、従業員の採用から退職までのリスク予防、雇用環境整備への助言等、近時の労働環境の変化を踏まえた上での労務顧問サービス(経営側)を提供しています。労働問題は、現在大きな転換点を迎えています。企業の実情に応じたリーガルサービスの提供に努め、皆様の企業の今後ますますの成長、発展に貢献していきたいと思います。 |