従業員から残業代請求をされたら~会社側の対応・反論方法を弁護士が解説

残業代を請求された場合の基本的な対応方法

はじめに

残業代請求の多くは、該当の従業員が退職した後に内容証明郵便で請求が行われる、残業代を支払うようにユニオンから団体交渉の申し入れがあった、といった形で問題となります。最初から労働審判の申立書が裁判所から届いた、ということもあるかもしれません。残業代の請求を受けた場合、多くの経営者はその金額に驚き、どう対応すればよいか頭を抱えることが少なくないと思います。固定残業代を払っていたはず、彼(若しくは彼女)は管理監督者ではなかったのか、歩合に残業代が含まれていたのではないか、など、様々な言い分があることでしょう。

このページでは、未払い残業代を請求された会社側の対応・反論方法について、詳しく解説します。

従業員の請求内容を確認し反論できるかを検討する

⑴ 従業員本人が未払い残業代を請求している場合、残業代の金額や労働時間の捉え方などに誤りがあることが見受けられます。これは、従業員の手元に正確な資料がないため、とりあえず概算で請求するケースが少なくないためです。したがって、請求金額に驚かず、まずは冷静に、従業員の請求内容を正確に分析・検討することから始めることになります。

具体的には、会社の就業規則を確認し、会社において時間外労働の取り扱いはどうなっているか、当該従業員が主張する時間外労働は本当にあったのか、といった客観的な観点から検討する必要があります。

⑵ その上で、本来支払われるべき残業代が支払われていなかった場合は、すみやかに計算し、金額を提示すべきです。一方、精査の結果「未払残業代はない」という結論に至り、従業員の請求内容に疑問がある場合は、未払残業代の発生は認められないものとして対応することになります。正確な検討を経ることなく、安易に残業代請求を認めてしまうと、他の従業員や過去に退職した従業員からも残業代請求をされる可能性もありますので、反論の余地がある場合には、まずはきちんと反論しましょう。

⑶ 残業代請求は、基本的には従業員本人や代理人弁護士などから会社が請求を受けることになりますが、中には従業員本人が、会社へ請求するのではなく、労働基準監督署に通報することもあります。

 従業員が労働基準監督署に通報した場合、通報を受けた労働基準監督署によって、会社に対する調査・指導・勧告などがおこなわれる恐れがあります。もし、労働基準監督署から通知などが届いても無視した場合には、強制的に立ち入り調査がおこなわれるリスクがあります(労働基準法第102条)。また、労働基準監督署から調査対応などを求められた際に拒否した場合には、刑事罰の対象になります(労働基準法第120条4項)。

 労働基準監督署に対して不誠実な対応を取ると、上記のようなリスクがありますので、誠実に対応しましょう。

     

残業代請求に対する会社側の反論ポイント

以下では、代表的な会社側の反論のポイントを5点、解説します。

1.従業員が主張する請求額や労働時間に誤りがある

前述のとおり、従業員本人が未払い分を計算して残業代請求している場合、残業代の金額や労働時間の捉え方などが間違っていることもあります。これは、従業員の手元に資料がなく、また、残業代の計算は法的な内容が多く含まれるため、正確な計算が難しいという事情も背景にあります。したがって、残業代を請求された企業は、客観的資料に基づいて労働時間及び残業代を計算するところから始める必要があります。

なお、従業員の請求内容の誤りを指摘する際は、タイムカードや雇用契約書などの客観的な証拠を準備することは必須です。労働基準法は、賃金全額払いの原則を採用し、時間外労働や休日労働について厳格な規制を行っています。厚生労働省も、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)を策定し、企業側が、労働時間の適正な把握と適切な労働時間管理を行うべきことを確認しています。

残業代の請求は、労働者の時間外労働に基づいて発生するため、原則として、時間外労働をしたことの立証責任は労働者の側にあります。しかし、前記のとおり、事実上、会社側にどのような労働時間管理を行っていたか求められるため、普段からきちんとした労務管理を行うことが求められます。会社が正確に労働時間の管理を行っておらず、従業員が主張する残業代請求に対して有効な反証ができない場合は、従業員の主張どおりに残業代が認定されることもあるため、この点は特に留意する必要があります。

2.会社が残業を禁止していたにもかかわらず従業員の自己都合により残業していた

会社が残業を禁止していたにもかかわらず、従業員が会社の指示に従わずに残業し、その分を時間外労働であるとして、残業代を請求された場合にも、反論の余地があります。

ただし、会社が「単に口頭で軽く指導していただけ」といったケースでは、会社が残業を禁止していたことを立証するのは困難です。したがって、残業禁止については書面やメールで指示の状況を残す、従業員が指示に従わずに残業を行っていた場合、その都度正式な形で注意する、定時以降は社内は消灯されていた、といった客観的な内容のもとに、残業禁止の措置を取っていたか否かが問われます。

なお、「形式的には残業を禁止しているが事実上残業を黙認していたケース」や、「許可制を採用しているが事実上無許可の残業を黙認していたケース」では、裁判実務では「残業代は発生する」と判断されますので、注意が必要です。

3.固定残業代を支給済みである

固定残業代制を導入している会社の場合、従業員に対して一定額の残業代を支払っています。

請求を受けている残業代が、固定残業代について一切考慮されていない金額であれば、残業代の支払いを(一部)拒否できる可能性があります。ただし、固定残業代制は正しく運用しなければ後に紛争となる可能性があります。

4.残業代請求の時効

残業代については、給与支払日の翌日から起算して「3年」で消滅時効にかかります(ただし、令和2年3月以前に支払われるべきだった残業代については2年で消滅時効にかかります)。

残業代請求権の時効期間を過ぎたとしても、それだけでは支払い義務は免れず、時効の援用という手続きを行う必要があります。時効の援用とは、時効制度を利用する意思を相手方に伝えることであり、具体的には、残業代を請求してきた従業員に対して、「すでに時効を迎えており、消滅時効を援用する」などと記載した通知書を、内容証明郵便で送付するのが一般的です。

5.従業員が管理監督者に該当する

管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者をいい、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきとされています(昭和22.9.13発基17号)。

具体的には、管理監督者とは、以下の内容に該当する者のことで、会社の役職である「課長」や「店長」などの「管理職」とは全く異なります。

参考:「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」~厚生労働省より ・労働時間・休憩・休日などに関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有していること ・労働時間・休憩・休日などに関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な責任と権限を有していること ・現実の勤務態様も、労働時間などの規制になじまないようなものであること(出退勤が自由であったなど) ・賃金などについて、その地位にふさわしい待遇がなされていること(残業代が払われなくても問題ないような待遇であったか)

  

 管理監督者に該当する場合、労基法上の労働時間、休憩及び休日に関する規制が除外されます(労基法41条)。したがって、もし、残業代を請求してきた従業員が管理監督者に該当すれば、労働時間に関する多くの制限の対象外になり、残業代そのものが発生していない状況にあると反論できることになります。

もっとも、かつて「名ばかり管理職」が問題となったこともあるとおり、上記の厚労省のリーフレットに記載された内容での管理監督者に該当するケースは、実際にはそれほど多くはない印象です。

残業代請求におけるよくある誤解とその対策

1.固定残業制の誤解

前述のとおり、固定残業代とは、毎月の残業時間にかかわらず、定額の残業代を支払う制度をいいます。給与が高くなること、未払残業問題がそもそも発生しない(しにくい)、メリットも多い制度ですが、正しく制度設計して運用しないと、そもそも残業代として認めてもらえないといったリスクもあります。裁判所に固定残業代の制度による残業代の支払いが認められるためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。

⑴ 通常労働時間に対する賃金と、残業時間に対する賃金を明確に区別できること(明確区分性の要件)

 「残業代に相当する部分」と、「所定労働時間に対応する賃金に相当する部分」が明確に分かれていることが必要です。

⑵ 固定残業代は残業の対価として支払い、労働基準法上の割増賃金を下回らないこと(対価性

の要件)

  「◯◯手当」が支払われているといった形で残業代の対価であるとの主張がされることがありますが、その「◯◯手当」が客観的に時間外労働の対価であると言えなければ、対価性の要件を満たさないことになります。

⑶ 固定残業代で支払った分を超える残業をした場合、超過分は追加で支払うこと

こちらについては正しく運用されていないケースも見受けられます。固定残業代制度を導入したものの、実際の残業時間を管理しておらず、超過分が支払われないケースが少なからず見受けられるため、十分に留意する必要があります。

2.管理職の残業代免除の範囲

前述のとおり、労働基準法上、「監督又は管理の地位にある者」に対しては時間外労働・休日労働に対する割増手当を支給する義務はありませんが、他方、深夜労働に対する割増賃金については「監督又は管理の地位にある者」に対しても支給する必要があります。

しかし、最高裁にて、「管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約、就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には、その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることを認める必要はない」(ことぶき事件最高裁平成21年12月18日判決)とされており、支給を必要としない場面もあることに留意する必要があります。

3.タイムカードの信頼性とその限界

訴訟や労働審判においてタイムカードが提出された場合、そこに記載された時間を労働時間として立証されたものとし、会社側から特段の反証のない限りは、その通りに認められることが少なくないと思われます。

しかし、当然ながら、「タイムカードの時間≒労働時間」と必ずしも言えるものではありません。例えば、タイムカードが手書きであったり、タイムカードの打刻時刻が毎日同じ時刻である、会社の施錠時刻とタイムカードの打刻時刻に齟齬があるなど、タイムカード記載が正確な労働時間を反映しているとは言えず、その信用性は失われることになります。

しがってタイムカードが提出された場合、まずはその記載内容が正確に労働時間を反映しているものなのか、よく検討する必要があります。

残業代請求に関して弁護士に相談すべき理由

1.法的な反論の可能性があるか検討できる

前述のとおり、一口に残業代請求といっても、その検討アプローチ、反論方法は様々であって、対応方法も異なります。弁護士に相談することにより、どのようなアプローチを取るべきか正確に把握することができます。

2.提訴される前の予防方法や提訴された場合の対応方法に精通している

例えば、残業代について提訴された場合、確実に「付加金」の請求もあわせて行われることになります。付加金とは、使用者が労働者に一定の金銭を支払っていない場合に、裁判所がその金額と同一額の支払を命ずることができる制度です(労基法第114条)。これは判決に至らないと認められない制度ですが、付加金のリスクを抱えてでも審理を継続する方がよいのか、それとも、ある程度のところで和解の申し入れをした方がよいケースなのか、法的な観点からリスクを検討することができます。

最後に

このように、残業代請求の対応は極めて法的な内容を含むものであり、状況の正確な把握、対応方針の早期策定が不可欠です。残業代請求の対応でお悩みの際には、是非さいたまシティ法律事務所にご相談ください。

顧問プラン表はこちらをご覧ください。

以上

Last Updated on 2024年7月18日 by roumu.saitamacity-law

この記事の執筆者:代表弁護士 荒生祐樹

さいたまシティ法律事務所では、経営者の皆様の立場に身を置き、紛争の予防を第一の課題として、従業員の採用から退職までのリスク予防、雇用環境整備への助言等、近時の労働環境の変化を踏まえた上での労務顧問サービス(経営側)を提供しています。労働問題は、現在大きな転換点を迎えています。企業の実情に応じたリーガルサービスの提供に努め、皆様の企業の今後ますますの成長、発展に貢献していきたいと思います。

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