【判例解説】労災(労働災害)保険とは?あんしん財団事件(最高裁第一小法廷令和6年7月4日)判決

第1 最高裁判決の要旨・ポイント

最高裁判所第一小法廷(堺徹裁判長)は、令和6年7月4日、従業員の労災認定を不服とした事業者が、国に認定の取り消しを求められるか(原告適格)が争われた訴訟で、「求められない」とする判断を示しまた。これによって、事業者の原告適格を認めた二審・東京高裁判決を破棄し、事業者側の訴えを却下した一審・東京地裁判決が確定しました。

下級審では、労災認定を不服とした事業者の原告適格の有無について、判断が分かれていました。令和4年4月15日の一審東京地裁判決は、事業者には訴訟の原告となる「原告適格」は認められず、訴訟要件に欠けるとして、事業者側の訴えを却下しましたが、同年11月29日の控訴審東京高裁判決は、事業主は、「労災の法的効果によって、保険料の納付義務が増える具体的な不利益を被る恐れがある」などとし、一転して事業者の原告適格を認め、労災認定の適否を検討するために地裁に審理を差し戻すべきだとしていました。

しかし最高裁は、労災について定めた労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」といいます。)の趣旨は、「法律関係の早期の確定」や「被災労働者の権利利益の実効的な救済」にあり、事業者側に労災認定を争う機会が与えられると解釈すると、労災保険制度の趣旨が損なわれること、そのうえで、事業者が不服を申し立てる場合は、個々の労災認定ではなく、その後の保険料を引き上げる決定に対して取り消し訴訟を起こすべきだと結論付け、事業主が原告適格を有するとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があると判断しました。

第2 労災保険制度とは?

労災保険制度とは、労働者の業務災害(業務上の事由による傷病等)又は通勤災害(通勤による労働者の傷病等)に対して迅速かつ構成な保護を図るために保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進、被災労働者及びその遺族の擁護、労働者の安全及び衛生の確保等を図ることにより、労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする制度です。労災の制度は、労災保険法により、労働者を使用するすべての事業に適用されます。この給付に必要となる費用は、原則として、事業主が負担する労働保険料によってまかなわれ、労働者保険特別会計労災勘定によって経理されています。

主な労災保険給付の種類は、①療養(補償)給付(被災労働者が傷病を受けたことによる損害を填補するもの)、②休業(補償)給付(被災労働者がその受けた傷病の治療のために労働することができず、そのために収入を得られなかったことによる日々の損害を填補するものであり、休業1日につき給付基礎日額の60%を支給)、③傷病(補償)等年金(被災労働者がその受けた傷病により一定の障害の状態にあり、その結果労働能力を喪失したことによる損害を填補するもの。)、④障害(補償)等給付(被災労働者がその受けた傷病の治癒後において身体に障害を残し、その結果、将来に向かって労働能力の全部又は一部を喪失し、そのために収入を得られなくなったことによる損害を填補するもの。)、⑤遺族(補償)給付(被災労働者が死亡したために将来に向かってその者から扶養を受けられなくなったことによる損害を填補するもの。)等が挙げられます。

労働災害があった場合は、①労働災害の発生→②請求書を労働基準監督署へ提出→③労働基準監督署の調査→④支給・不支給の決定→⑤指定された振込口座へ保険給付の支払い、といった流れを辿ります。

第3 事案の概要

本件事案の対象となった従業員は、平成14年にパートとして採用され、同16年に正社員として採用されましたが、ノルマ未達成など職場での業務に起因し適応障害を患ったこと等を背景として、業務災害を理由とする療養補償給付の請求をしたものの、当初は不支給となりました。その後、審査請求、再審査請求などを経て支給決定となっています。一方で、休業補償給付についても請求し、こちらは支給決定となっています。

当該従業員が所属していた事業所には、労災に関する給付額で保険料が増減する制度、いわゆる「メリット制」が適用されていました。事業者としては、当該従業員の適応障害は、そもそも労災に当たらない(業務災害ではない)と考えており、それにもかかわらず保険料が増額することを不服として、国を相手に、当該従業員の療養補償給付及び休業補償給付の各支給決定処分の取り消しを求めたのが、本件事案です。なお、当該従業員は被告ではなく補助参加人として裁判に参加しています。

第4 原審の判断

第一審の東京地裁判決は、労災保険は被災労働者の利益の保護を図ることのみを目的としており、事業者の利益は考慮していないため、事業主に「支給取消」を求める法律上の利益(原告適格)は認められないと結論付け、事業主の訴えを却下しました。

一方、控訴審の東京高裁判決は、事業主は保険料が上がることで直接具体的な不利益を有するため、法律上の利益(原告適格)を有しているといえ、一審判決を取り消し、本件を一審に差し戻しました。

第5 本判決の評価

1.控訴審判決は、メリット制が使用者の保険料納付義務の範囲の増大を導くことを結論の主な理由としていましたが、判決が出された直後から、保険料の増大に関しては、労働保険料認定処分の時点で、労災の業務起因性を事業者に争うことを認めれば足り、そもそも、支給処分そのものについて事業主に争うことを認めると、労働者の地位を不安定にするなどの問題が大きいことなどが指摘がされていました(国会質問においても、控訴審判決の問題点について、質問がなされています:https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a211112.htm)。ただ一方、労災認定の効力がある以上、それは行政処分として労災給付が適法であることが前提となるから、保険料が上がったことが不当だと主張する場面においても、労災給付が不当だという争い方はできないとされていました(違法性の承継の否定・東京高裁平成29年9月21日判決など)。そうすると、事業主としては労災給付そのものを争わざるを得ないこととなります(そして、本件事案に至る)。

この問題は、従前から議論されており、上記問題意識を背景に、令和4年12月13日、厚生労働省内に設けられた「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」における報告書では、以下の内容を結論付けています。

(1)労災保険給付支給決定に関して、事業主には不服申立適格等を認めるべきではない。
(2)事業主が労働保険料認定決定に不服を持つ場合の対応として、当該決定の不服申立等に関して、以下の措置を講じることが適当。
 ア) 労災保険給付の支給要件非該当性に関する主張を認める。
 イ) 労災保険給付の支給要件非該当性が認められた場合には、その労災保険給付が労働保険料に影響しないよう、労働保険料を再決定するなど必要な対応を行う。
 ウ) 労災保険給付の支給要件非該当性が認められたとしても、そのことを理由に労災保険給付を取り消すことはしない。

厚生労働省HPより~

2.上記報告書の内容を踏まえ、令和5年1月31日、厚生労働省は、メリット制の適用により引き上げられた労働保険料の認定決定を争う取消訴訟において、保険料引上げを基礎付ける労災支給処分が支給要件を満たさないものであったことを使用者が主張することを認めること、当該取消訴訟で使用者の主張が認められ、労災支給処分の支給要件非該当性が認められたとしても、そのことを理由に、当該労災支給処分が取り消されることはない旨の通達を発しています(令和5年基発 0131第2号「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」)。

3.本判決は、労災給付決定そのものについては、事業主の原告適格を認めない一方、「特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができる」ことを、最高裁として初めて認めた点において、重要な意義を有するものです。

第6 労災トラブルはさいたまシティ法律事務所にご相談下さい

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以上

Last Updated on 2024年8月30日 by roumu.saitamacity-law

この記事の執筆者:代表弁護士 荒生祐樹

さいたまシティ法律事務所では、経営者の皆様の立場に身を置き、紛争の予防を第一の課題として、従業員の採用から退職までのリスク予防、雇用環境整備への助言等、近時の労働環境の変化を踏まえた上での労務顧問サービス(経営側)を提供しています。労働問題は、現在大きな転換点を迎えています。企業の実情に応じたリーガルサービスの提供に努め、皆様の企業の今後ますますの成長、発展に貢献していきたいと思います。

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